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遷延性意識障害待ちな堀之内
ヒデオは研究所に戻り、応急手当をすますとミカに告げた。
「君を通報したりはしない。もしよければこのまま研究を手伝ってほしいと思っている。
私たちのこれからやろうとしていることは、世界を変える、
いや世界は変えないが今までの常識を根底から覆すことになるんだ。
是非とも君にも手伝ってほしい」
ミカは一瞬戸惑いを見せたがしばらくして答えた。
「わかった、途中まで付き合うよ。
じゃあ
今日はいったん戻ります。」
ミカが帰ってからしばらくして、何気なく放映されているTVを見て初めて時間が異常に経過していることに気が付いた
ヒデオは、一晩の出来事と思っていたことがその実3日間も経過していることに呆然とした。
「やはりプリペアに時間がかかるんだ……
電子レンジということは2.4GHzなので……2日間で20GBか※1
まずはここからだ。」
一般的にテレポーテーションは不可能とされている。
もしも今後テレポーテーションをすることが可能になるとしたらさぞや大掛な装置か新たな発見、あるいは作り出された物質に用るものと想像しがちだ。
ところが今夜、双方向のテレポーテーションを眼前で披露された。
もう、それは可能であるとしか言いようがない。
双方向であることは解明の道のりが逆に短くなることを意味している。
なぜなら、手元にあるもの、実存する身近なものでそれは実現可能と想定できるからである。
実在しないものを想像したり、科学的・物理的な進歩を待たなくてよいのである。
手当たり次第に組み合わせるにしても桁違いにその数は激減する。
そして、たった今、テレポーテーションには転送時間らしきものが必要なことがわかった。
乗っ取られた時期は分からなかったが、出ていくときには一瞬であった。
乗っ取られた瞬間から出ていくときまでのうち意識のあるのは後半の半日のみであった。
それが意味するのは送信は一瞬でも受信にはしかるべき時間が必要である。
それは今回にかぎって言えば約20GBの情報の転送が必要なことがわかった。
あるいはこちらからの送信は失敗に終わってしまった可能性もある。
それはこれからS・Sに合えば判明するであろう。
これらから導かれる解答は明白だ。
出来る!
とはいえ、その方法は皆目見当がつかない。
難解な数式の答えだけ教えてもらったようなものだ。
数学でいえば未解決問題の一つでしかない。
とりあえず、唯一の生き証人であるS・S氏に詳細を教えてもらおう。
早速彼の収監されている刑務所に面会に行くことにした。
監獄法の緩和によりたとえ時間がかかったとしても面会できないことはないだろうと軽く考えていた。※2
考えが甘かった。
施設長の判断を待つまでもなく身分帳に記載がないとのことで「面接不許可」と言われてしまったのだ。
改めて医師であることと、彼の症状が特異であることなどを理由に改めて再申請をすると、ほどなくして「治療のため入院中」との回答が来た。
全然話が進展しないことにイライラしつつ、もう一度、患者の病状について教えてほしいことを告げた。
出向いた日が平日でラッキーであった。土日であったらこのような手間のかかる来訪者は即刻追い返されていたことだろう。
その後数回にわたる再申請の後、施設の法務官(常勤医師)と話をすることができた。
ところが常勤医師といってもそれは外界の常識とは少し異なっているようでした。
刑務所・拘置所内での医療施設としては、医療専門の医療刑務所、次に医療重点刑務所がある。それ以外には医療課が設けられている。
全国合わせて千人にも満たない医療従事者で10万人にも及ぶ受刑者のケアを行っている。
さぞかし公務員なので薄給かとおもえばさにあらん。公務員だから高給なのである。待遇も常勤医師でさえ週勤3日以下だったりする。そこまでしなければならないほど医療従事者にとって魅力がないのであろう。
医療刑務所はさておき、他の施設では設備・機材不足、スタッフ不足、多数の仮病、手遅れ、最新医療との解離、確かに面白くはあるまい。
志高い医師・研修医にとって刑務所は、よっぽどの事情かよっぽどの思惑がない限り選択肢には入らないのでしょう。
この刑務所にしても医療重点刑務所であるにもかかわらず医療法上は診療所であった。
病床数は20以上あるのだが医療関係職員不備のためである。
その若い担当医にしてもカルテをもとにその病状を読み上げる程度であった。
非常勤を含め万年医師不足の中、患者それぞれに関して覚えている暇はなかろう。
「医師の堀之内と申します。本名です。」
「F・ヒデオと申します。」
「あなたも医師だとか?」
「東北大出の基礎研究専門です。」
「ああ、そう。
S受刑者は79歳、男性、ここ数年間、昏睡と覚醒の繰り返しで、寝たきりですね。
正しくは、初期においてJCO30が数日、その後JCO値3000-Iが数日間続き、またJCO値が30に数日間もどり、そして覚醒するようです。
前回の覚醒はちょうど1週間前です。
覚醒後の問診では「人を探している」とのことですね。
使命感はあるが強迫観念はなさそうなので統合失調症とも断言できずと。
その昏睡期間中の本人の見る夢の中では半日程度の行動意識しかないとあります。
覚醒した後は特に異常は見受けられないもののまたしばらくすると昏睡する。
老人であること、また過去に医療上の事故を経験していること、投薬は一切しないでほしいと患者からの希望があることから、投薬治療は行っていない。とかいてあります。
全て1週間程度で覚醒しているため遷延性意識障害(昏睡状態)とはいえないのでここの診療所で処置していますね。」
(寝たきりか。下界にS・Sの情報が流れてこないのもうなずける。)
「発症場所は?」
「最初は食堂で数回、その後は診療所で発症しています。」
そこにはどのような電子設備がありますか
「最低限の設備しかありません。X線装置とCR、心電計、内視鏡など」
「動物病院以下ですね
食堂には電子レンジは?」
「レンジはあるようです。
設備よりも人材不足でね、最近やっとエアタービン導入したのですが肝心の歯科医師がおっつかない…
そういえばあなたも医師でしたね。
この受刑者には何か特異な点でも?」
「今は何も言えませんが・・・
それよりも彼を殺さないでください。
数か月後、数年後に覚醒するかもしれません。」
「大丈夫でしょう
ここのスタッフは皆、生き殺しのプロです。
そう簡単に死なせやしません」
(全然大丈夫じゃない!)
「もしも死亡したらDNAなり、細胞なりを保存しておいてください。
それから、彼の挙動を細かく記録しておくことはできませんか?
反応も瞳孔ではなく、脳波、あるいはもっと微弱な信号を感知できるように設備を用意してください。
例えば聴覚に反応する細胞を調べてその細胞を通じて会話できるように。
もしも死亡したらDNAなり、細胞なりを保存しておいてください。」
「まあまあ、そう熱くならないでください。
此処の設備でそんなことできるわけないでしょう。
でもご安心ください。
今回はJCO3000が数日続いたままのようです。
もう少しで遷延性意識障害の診断がおりるでしょう
やっとベットが一つ空きます」※4

旧長崎刑務所跡地
※1
刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律(公布:平成17年5月25日法律第50号)
刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(平成18年法律第58号で改題)
※2
2.4GHz近辺の電波周波数帯で、日本では、10mW以下の出力であれば免許不要で利用できるよう開放されている領域。産業・科学・医学用の機器に用いられている周波数帯ということで、これらの頭文字をとって「ISMバンド」(Industry Science Medical band)とも呼ばれる。
※3
ジャパン・コーマ・スケール(JCS:Japan Coma Scale):意識障害の評価法
※4
医療刑務所に移ります。
※この記事全体の正確性は保証致しません。信用しないでください。実在の人物とも一切関係ありません。
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