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『我思うゆえに我あり』陰謀説!悪魔と天使の囁きと素の叫び
『我思うゆえに我あり』陰謀説!悪魔と天使の囁きと素の叫び
我思う我と我儘な我と本当の我との付き合い方
心はどこから
脳の作り方の説明の前にもう少し基礎的なことを説明しておかないと・・・
そもそもの意識、あるいは自我とか呼ばれているものについて考えてみましょう。
「我思うゆえに我あり」は嘘っぱち
皆さんの自我はどこから来ていると思いますか?
その根本はさておき、少しだけ分かりやすい例を紹介しましょう。
皆さんには、雑念というものがおありでしょう。
ずば抜けた集中力の持ち主でも、生まれてからこのかた一回も雑念に囚われたことがないという人はいないことでしょう。
この雑念について。
例えば自分が高校生で大学の受験勉強をしなければならない時。「あ〜勉強したくない」とか「夜食は何を食べようか」とか「先に部屋の片付けをしよう」とか「今日はもう遅いから明日にしよう」とか「先にお風呂に入らなければ」とか勉強をしたくないあまりに勉強よりは楽だったり楽しかったりするものを先にやろいうとか、勉強をやらなくても済む言い訳を見つけたりとかしませんでしょうか?
これらを雑念と呼んでみましょう。
この雑念を考えているのは一体誰でしょうか?
他ならぬ自分(我)でしょうか?
皆さんは間違いなくそれは私の考え(思い)だと言い張ることでしょう。
しかし、ちょっと待ってください。
あなたはそんなに怠惰で面倒くさがりな人なのでしょうか?
あるいは、その怠惰な私を諌めたり後悔したりする、もっともらしい優等生なのがあなたでしょうか?
この面倒くさがる囁きと、正論をぶちかます囁きは、言い換えると悪魔の囁きと天使の囁き、と言えるでしょう。
そして、結局そのどちらでもない行動を起こす素の自分というものがいます。
さらに言うと、この素の自分の叫びは、なんと素の自分の行動の言い訳とも言えます。
素の言い訳でさえ本心ではありません。
悪魔と天使に弄ばれて出てくるその叫びすら、すでにお見通しの上。
おまけによく聞くとその叫びは、最後の最後まで言い訳に終始しているのです。
一体誰が誰に!
そもそも、いきなり湧き出てくる雑念っておかしいと思いませんか?
どっからその雑念は出てくるのでしょうか?
そこには意志が働いているようで、自分の意思ではないようで、
例えば自分の内臓がしゃべりだしたかのような唐突さです。
そしてその低次元な割り込み内容は高尚なる自分ぽくないと思いませんか?
そう思うとこれは、もはや外部からの割り込みとしか考えられないと思いませんか?
我思うゆえに我ありと思うということは、実はその思う我がまさしく我であるという暗示にかけられている、自己催眠にかけられているのかもしれません。
そう思わされることにより我は、その我の言い分に、そこそこ従ってしまうのである。
なぜならそれは、見た目我の本心の意見のような囁きだったりするのでその囁きを当然尊重するからである。
しかし、その我儘で怠惰な我が、まさしく我ならまだしも、その我が実は他の誰か、そんな我儘で怠惰な奴ではない本当の我ではない他人のような我によって、制御されているのだと知ったら?
その私の心(我)をコントロールし私の体を動かそうとしているのが、私ではないのであればそれは、一体誰でしょう。
もっともらしいのが天使だとしたら、我儘な方が神?
やっぱり悪魔?
そしたらこの世は悪魔によって支配されていることになるので、やっぱり神?
神は我儘で面倒な奴だったのか?
それとも、私を怠惰で我儘な奴にひきづりおろそうというのか?
一体何のために?
楽しみは全て支配層のもの
まあ世の中、旨味のあるものほど法によって制限されがちだったり、あるいは支配層によってコントロールされていたりしますが、それは脳の中にまで及んでいるとうことです。
賢すぎてはいけないわけで、例えば人工知能なんて作っちゃうと、簡単に世界はリセットされちゃうので、もう少し先延ばしにするために、知能を下げさせるとか…。
そう考えると意識操作は一体いつから?
甘い囁きには乗らずに我が道を行く
ということで、まとめると実は、私の心の中にはいつも他人(第三者)がいて私を貶めようと手ぐすねひいて待っているということです。
それをなんとかごまかそうというのが『我思うゆえに我あり』という哲学的っぽく煙に巻いている暗示だか自己催眠を使った陰謀なのかもなのでした
このままでは路頭に迷ってしまうというあなた、
せっかくですので、スピチュアル的に救いの道を述べときます。
我儘で怠惰な囁きは、とにかく赤の他人が素直で勤勉な私を、低次元に引き込もうという、外部からの圧力であり、それに従う必要は全くありません。
対比的に出てくるもっともらしい天使の囁きも聞く必要もありません。
その天国と地獄のような囁きを聞かない、あるいは聞き流すことによって、初めて素の私が出てきます。
少しでもその囁きを聞いてしまったら、まるでドラッグのように、思うがままに操られてしまいます。
だから一切聞かないことです。
そうすることで素直で勤勉な…
そうはいっても、勝手に湧き出てしまうのが雑念、雑念を振り払うという言葉がありますがそれでは手遅れです。
雑念が湧き出てくる前にシャットアウトすることが必要です。
そのシャットアウトの方法はというと、簡単です、考えないことです。
思いっきり集中するか、思いっきりボーッとするか…
あるいは人生を楽しむかすればそんな雑念が入り込む隙を無くせます。
真島な話でいうと、余計な雑念を追い払うというか湧き出てこないような集中の方法は、
良書がたくさん出ているので…
あなたは一人ぼっちではない
話は脳の作り方に戻ります。
この例で分かるとおり、あなたは一人ではありません。
あなたの体を動かすために少なくても四人の我がいることがわかりました。
客観的に見ると一番まともな我ではないあなたの考えかた次第で今よりもっと良いあなたになれるということがわかりました。
そして自我はどこから? の答えもわかりましたね?
これが理解できると、本能というか脳の作り方の説明が理解しやすくなってくるはずです。
では。 …続く
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